「10か条」の最後(=帰省は列車で?)は伝えなかったのだろうか。


 かなり期待したのだが、残念な結果になってしまっている。感動ではなく、フラストレーションが残った。ただ、こうならざるをえなかった理由というのは、推察するところ、非常に根が深い。また興味深い。劇場パンフのプロデューサー(平野隆)VS監督(塩田明彦)対談を読むと分かるのだが、作家性(この表現は適切ではないかもしれない)と興行性・大衆性との調停に、やはり失敗してしまっているのだ。双方の(クリエーティブな)見解の衝突を良い方向に転化し、特に脚本に反映させるための作業時間が、もっと必要だったのではないか。
 対談の中で塩田監督が語っている(実現しなかった)冒頭シーンのイメージやヒロイン像のアイデアは、とても魅力的だ。共感できる。その指向性が優先されていれば、おそらく私はかなり満足したのではないかと思う。ただ、監督自身「それが誰にでも受け入れられる発想かどうかは分からなかったんですが(笑)」とも告白している(私もそう思う…)。エンディングも、「和美がみかんを拾うところで終わったほうが、メッセージはお客さんにハッキリ分かるんじゃないかと思った」そうだが、プロデューサーの意向が勝った。ここも私は塩田案を推す。


 130分も消費しているのに、湧き上がる感情がこれだけのボリュームでよいはずがない。多数のキャラクターを見事にさばいた『黄泉がえり』(126分)と比較し、人物においても道具立てにおいてもかなり焦点を絞り込んでいるはずなのに、どうもピンボケになっている感は否めない。それは情報の提示の仕方に欠損があるからで、「伏線」として強調するようなあざといものでなくてよいので、それぞれの部品と部品が、もっとお互いに響き合うように、脚本を構築してほしかった。
 演出面では、非常に気を使ったという和美(ミムラ)の初登場シーンがとにかく印象的だった(比呂志役・伊藤英明も、一番思い入れが強かったシーンを聞かれ、ここを答えている)。こうしたよいところも多いので、惜しいなと感じる。


◎『この胸いっぱいの愛を』監督:塩田明彦(2005年・日本)


(以下・ネタばれがあります。鑑賞後にどうぞ)


 毎度強調しますが、これもTBSによる典型的な“臨死・冥界系ラブストーリー”です。様々な不整合(タイムパラドックス)や不自然(幽霊の振る舞い)に突っ込みを入れることには、あまり意味がない。こういう「設定」なんだという前提で、ではそれをどれだけ効果的・魅力的な仕掛けとして活用できているかを評価しなければいけない。


 致命的だと感じたのは、和美に対するヒロ(子供時代の比呂志)の恋慕・憧憬の想いが、伝わってこない。これはおそらく演出上難題となる点で、性的な匂いを消す意味もあるのだろうが、ヒロの年齢を低く設定してあるので、年齢差のある和美との間で情が交わるような瞬間を見いだしにくい。比呂志が意外に早く輪の中に入ってきてしまうこと、むしろヒロと比呂志の交流に多くの時間が割かれていることも一因だろう。
 しかし、和美に対するヒロの想いこそが、比呂志(の霊)に時空を超えさせた原動力なので、その描写が弱くては困る。


 近所に住んでいる“ツンツン系”のお嬢さんに寄せる想い──を思春期モノとは違う格好でどう描くかは難しい。バイオリンや将棋といった道具立ても、ここでは、そううまく機能していない。肉親という設定の方が胸に迫ったと思うのだが、その途端に“ラブストーリー”にはしにくくなる(予告編を観て、実の姉を助ける話なのだと私は思い込んでいた)。そもそも輝良(勝地涼)の方で肉親との関係を描いているので…。
 また、和美の“心の軌跡”の描かれ方も私には納得しがたかった(観客に対する説得力に欠けるように感じた)。才能を嘱望されながらも難病を患い、その不遇に屈する格好でヒロとの関係を絶ち切ってしまう。といったことは頭では理解できるのだが、私の目には突如“性格が悪い娘”になってしまったように映った。私が何かサインを見落としているのか? あるいは、ミムラに表現力の不足があったということなのか?


 さて、『タイタニック』なエンディング。これは、かえって余計な深読みをさせてしまう。この映画内に実在の疑しい者が居るとすれば誰か。といった時に、ヒロの目の前に和美が現れる最初の場面が、その命題を感じさせるものだった。和美は、寂しいヒロ(そして比呂志)の心が生み出した“妄想人形”なのではないか、と。強烈なつくり笑顔の空港チケットカウンター嬢もかなり怪しい。喫茶店マスター(諏訪太郎)もエンディングでは一人だけのようだった。比呂志と和美のキスシーンとなる大ラスに至って、やはり願望世界か、と思わせてしまう。ここは“妄想コレクション”の館か、と。
 いずれにせよ狙いが定まらないままこのエンディングを撮った結果なのか、それまでとはムードを全く異にするミョーな味を残して完、となるのだった。

(2005/10/13, 錦糸町シネマ8楽天地; レイトショー1300円, 140席に10人前後か)