“ひろったらとどけて下さい”(樋口真嗣)

(『ローレライ』DVDの発売を機に、断片的に思いついたことをメモ)

征人とパウラ

征 人「(パウラを見る)パウラは…なんのために戦ってきた?」
パウラ「考えたこと…ない…」
征 人「ないって…。なんか、ないのか?」
パウラ「ユキトは?」
征 人「え…そりゃ、お国のために…(確信なく)」
パウラ「…私は歌が好き。生きていれば…歌えるから…ただそれだけ…」
征 人「…」
(決定稿 P.110「171 伊507・露天艦橋/甲板」から)

 映画『ローレライ』を再見し、いちばん泣けたのは、ここだった(テニアン島からのB29の発進時刻が明らかになり、タイムサスペンスに移行する直前の、束の間の交流の場面)。センチメンタルだが、この映画の作者たちならではの言葉だ。一方の征人が、『イージス』の如月行と同様、画を愛する青年(子ども)だったらしいという点も重要なのだが、そこは生かしきれていないと感じるが(“この点のみ”から割り出すなら、妻夫木聡はミスキャストだった可能性もある*1)。
 DVD特典の未公開シーン集を観ると、この場面の直後(と直前)の台詞部分が削られていることがわかる。決定稿(樋口真嗣監督 専用台本 縮刷版)では──

パウラ「でも…今は少し違う」
      征人、パウラの横顔を見る。
      ハッチの下。その話を聞いている木崎。

 とされ、その脇に“Es ist nicht mehr nur das”“パウラ「それだけじゃない」 ドイツ語”といった監督の書き込みが残っている。征人に対するパウラの感情の表出をどこまで描くか迷った末、一部削除を決めたということなのだろう。未公開シーン集からは、ほかの個所でもいくつか、征人とパウラの関係をストイックに描く方向で、かなり大胆に削除が行われていることを確認できる。これは判断としては正解だったと思う*2
(2005/08/27,DVD,再見)

清永と白球

 野球に対する清永の思いが、もう少し描かれている必要があるのではないか。“無駄死に”対する反発の声が起こったのも、そのせいではないか(ただ、戦時下を描いているのだから、ああした死に方が出てくるのは、当然あってよいはずだ*3)。
 DVD特典の未公開シーン集で、この問題は氷解する。複数の個所で、そうしたディテールが削除されている。結論としては、これは致し方ない措置と言える。でないと、清永の方が征人よりもキャラが立ってしまう結果になりかねないからだ。
 母親の不義など征人が背負っている長崎での子ども時代の記憶が幾らかぼかされたことも、未公開シーン集からわかる。度々登場する家族写真が、艦長の時計や時岡のライカ、清永の玩ぶ硬球などと比較して小道具として弱いのは誤算か。

時岡とライカ

 パウラが、カメラのメタファーであることは、重要(妄言の手前だが)。
 映画ならではのメタフォリカルな表現に敏感な演出家は、単眼(の表情や眼球それ自体)のショットを印象的にフィルム(メディア)上に定着させてきた。例えばそれが、『ローレライ』に直接的な影響を与えた一編、ジョナサン・モストウ監督の『U-571』ではどのように描かれているかを確認してほしい。これは、カメラ(観客には不可視の存在だが、映画には不可避の、そしておそらく脅迫観念的な存在)を表しているものなのだ。──ノン・カメラ映像、すなわちCGの時代になって、より顕著に登場するようになった表現かもしれない。
 観逃せない主題(演出家のこだわり)であることの証拠に、『ローレライ』DVD(プレミアム・エディション)のDISC2を見よ!
 何より、パウラのよき理解者である(サイコメトリックにローレライの機能を解読してしまう)国村隼演じる軍医の時岡が、ライカ(ドイツ製!!)の愛用者であるという設定を忘れてはいけない。

役所と香椎

 やはり重ねて観ると、潜水艦(伊507)や太平洋艦隊に対する思いは後退する(私がこの方面の好事家でないこともあるのだろうが)。それより、何と言っても役所広司香椎由宇だ。既知の代表である前者、未知の代表である後者の魅力が、十分に引き出されている。
 こうしたレンジ(幅)を揃えたことで、日本映画の限界として似通いがちな脇のキャスティングが、何とかきれいなスペクトラムを描いたのだ。メイキング(裏)を観ても役所と香椎の魅力が際立っている。「先に他の映画に出ないでね」と香椎を拘束した監督の眼の確かさを確認。

*1:オーディオコメンタリーによると、このことに対する福井の問いかけに、そこは『イージス』を連想させすぎることのないよう、監督側が抑制したのだとわかる。福井の思いがどうなのかは、ややはっきりとしない受け答えではあった。

*2:これもオーディオコメンタリーなどからわかることだが、征人とパウラの間に安易に恋愛感情のようなものを生まれさせることには、妻夫木が抵抗を示していたという。

*3:このあたりの展開に対する樋口監督の解説は非常に興味深いものだった。これについては、また改めて。