“人体模型なのであって人形ではありませんから”(押井守)

 復刊ドットコムにこんなのも。残部15、というのが誘いますね。やはりここは時々チェックした方がいいのか。5月中旬の発送だそうです。2940円。


◎『バロック・アナトミア』佐藤明(著),エディシオン・トレヴィル

フィレンツェ大学付属「ラ・スペコラ」博物館の解剖学蝋人形。死の匂いを湛えた濃厚なエロティシズム。

フィレンツェには天体観測所に由来する「ラ・スペコラ」と呼ばれる博物館が存在し、600体に及ぶ鑞細工の解剖学模型が所蔵されている。今では多くの人々に知られたこの博物館を広く日本中に紹介した写真集が、惜しくも2002年に他界した写真家佐藤明*撮影による『バロック・アナトミア』(初版1994年トレヴィル刊)である。

ラ・スペコラ」最大のハイライト「解体されたヴィーナス」と呼ばれる美少女の死体がモデルとなった鑞人形は、ボッティチェッリのヴィーナスさながら真珠のネックレスをつけて横たわっているが、腹部にあたる蓋をはずせるうえに、内臓をひとつひとつ取り出し、最後に子宮の蓋を開け中の胎児を覗くことすらできる。またみごとに鍛え上げられた筋肉美の男は表皮をすっかり剥ぎ取られ、血管・神経繊維を露出させた姿でヘラクレスのごときポーズで永遠に静止している。キリストを思わせる若い男の首は、頭蓋骨を切り開かれ血肉で装飾されたバロックの劇場のような脳を晒している。これら17世紀末から18世紀にかけて作られた精巧無比な鑞細工は、昨今のプラスティネーションの流行と同様、当時の一般大衆の好奇を強烈に刺激した解剖学ブームと呼応したものでもある。純粋な学究的価値を超越し、死の匂いを湛えた濃厚なエロティシズム溢れる蝋人形を、あくまで美術作品としてとらえた佐藤明の写真は医学的な記録写真としてとらえたタッシェン版と全く異なる優美さと荘厳さをたたえ本書を比類のない存在たらしめている。本書はトレヴィルからの出版当時たちまちベストセラーを記録、今もなお多くの読者に待望されている佐藤明写真集『バロック・アナトミア』をジャケット装にあらためた完全復刻版である。
復刊ドットコム 復刊リクエスト投票 No.1509から)

 説明不要かもしれませんが、『イノセンス』のロケハンで、押井守監督らが訪れた場所のひとつですね。書籍化(『イノセンス創作ノート 人形・建築・身体の旅+対談』ISBN:4198618305)されましたが、当時、こんな手記が書かれてます。

 特別に設けられた部屋に例のヴィーナスが眠っていました。蓋の開けられたお腹には着彩された臓物が詰まっています。眠っているような顔は美しいといえば美しいのでしょうが、妙に印象に乏しく、こうして書いているいま思い出すこともできません。案内してくれたオバさん(どうもこの大学の先生のようです)の説明によると、こういった人体模型は一体の死体から型を取れるものではないらしく、数体、ときには数十体の死体から各部の型を取り、いわば合成して作られているのだそうです。あるいは彼女の印象も曖昧さもその辺の事情によるのかもしれません。

 なぜこんなものを、しかもこんなに大量に作る必要があったのかは例によって定かではないのですが、この奇怪な人体模型を熱心につくり続けたオジさんも相当大変な変人だったそうで、死体の型から梅毒病みのイエスなんてとんでもないものまで作った挙句に追放されたりしたこともあったそうですが、よく火焙りにならなかったものです。
 ここで感じたことも、例のプラスティネイションの展示と同様のものでした。
 いったいぜんたい、何だって人間はこんなに人間の形に執着するのでしょうか。
 人間の形を追い詰めて、人間ジャーキーを作ったり、スライスして並べたり、死体から型を取って繋ぎ合わせて模型を作ったり、御丁寧に中身を詰めたり−その情熱はいったい何に由来するのでしょうか。
(『イノセンス』公式HP 押井的個人電視台“人形と建築の旅 第3回”から)

 「余談ではありますが、スペコラで僕らを案内してくれた、通称「スペコラのオバさん」は(繰り返しますが実は大学の先生です)実に魅力的なオバさんで、ほぼそのまんまの姿で劇中に登場します」。──これが検死官のハラウェイ。