“子宮のような鯨の腹の中で、悪夢のような三日間を”


 脚本作りの「コツ」を説いた書物なのだが、マニュアル本とは趣が異なるもので、ハリウッド映画の近年の傾向を内側から描写した読み物として、楽しむことができた。原著は2002年に刊行されたもの。2310円。


◎『映画ライターズ・ロードマップ―〈プロット構築〉最前線の歩き方』ウェンデル・ウェルマン(著),フィルムアート社(ISBN:4845905728


 中核となる内容のポイントは、私なりにまとめるとこんな感じ──。

    1. シド・フィールド*1が『Screenplay』で示しているプロットの転換点と三段階の構成の概念を“プロットラインの基本バージョン”と位置付けた上で継承している。
    2. 筆者独自のガイドラインとして、連続性を持つ起伏(上昇・下降)のあるタイムライン上にプロット・ポイントを配置して示している(プロット・ライン・グラフ)。
    3. さらに、ほかでは検証されていない新しい手法として、プロット・シフトの三大シーンをリンクさせる(特に視覚的な)「共通シンボル」という概念を提出している。

 プロット・ライン・グラフ(主人公と敵対者の対峙)については、全体の半ばで示される。グラフの要所に配置される各地点(プロット・ポイント)の作り方の要領を、実例(ハリウッド映画)を題材に解説している(筆者はこれを遵守せよと言っているわけではない)。その前後に記されているアドバイスなどの中にも興味深い内容が多かった。幾つか挙げると──。

    1. “出足の加速スピード”、中間部におけるストーリーの“百八十度転換”といった若手脚本家が形作ってきた新しい傾向にも目を配って、時に敬意を表している。
    2. あらゆるプロが使っているが、“暗黙の了解的に(語ることが)タブーになっている”テクニックなどを幾つか紹介している(グッド・ニュースとバッドニュース)。
    3. 俳優としての筆者の経験から、演技メソッドを持つ者は“文字に書かれていないサブテキスト”(感覚)を読み取る習慣があるため、これを逆利用しうると説いている。
    4. 「シェープ・シフター」「犠牲の行動」といった“ジョセフ・キャンベル*2の説”の価値と影響を認めた上で、ステロタイプ的に取り入れないように注意を喚起している*3


 本書の山場と言えるのは、「第三の大戦闘シーン」と位置付けられるプロット・ポイント──ジョセフ・キャンベルは「洞穴」、筆者は「野獣の腹」と呼んでいる(旧約聖書におけるヨナの逸話のメタファー)──を解説する下りだろう。ここは共鳴できた。

 ストーリーにおけるこの部分のシーンで何を描くべきかがよく分かると思う。メタファーとしての死のシーンである。(中略)そしてそこから続く二〜三のシーンが観客の心に深く訴えかけてくる。主人公が生まれ変わろうとしているのだ。死のシーンが主人公にダイナミズムをあたえ、ストーリーを大きく盛り上げる。死を通して新しい生命を見つけるということ、これこそがあらゆるドラマの基盤であり、宗教理論の中心であり、ストーリーテリングの基礎となるものなのだ。(P.185)

 同じ版元の新刊『アカデミー賞を獲る脚本術』(ISBN:4845905736)も面白そうだな。『ビューティフル・マインド』『羊たちの沈黙』『シカゴ』などを解析しているとのこと。

*1:The Screenwriter's Workbook(の一部)の邦訳に日本独自の内容を加えた『シナリオ入門―映像ドラマを言葉で表現するためのレッスン』別冊宝島144(ISBN:4796691448)が1991年に刊行されている。

*2:ジョーゼフ・キャンベルと表記される場合が多い。ジョージ・ルーカスが信奉する神話学者。その著書『千の顔を持つ英雄』(ISBN:4409530046,ISBN:4409530054)は『スター・ウォーズ』の下敷きとされている。

*3:なお、クリストファー・ボグラー著『夢を語る技術〈5〉神話の法則―ライターズ・ジャーニー』(ISBN:4750002445)については、本書の筆者は、ジョセフ・キャンベルのファストフード版だと言い切っている。